φ 差出人も受取人もいない手紙 - ゆる~り、ゆるゆると~

φ 差出人も受取人もいない手紙

東京でも朝夕は冷え込む季節となってきました。

震災から8カ月、被災地は一層寒さが増してくることでしょう。

この秋、母は客用のお布団や毛布などを被災地に送っていました。
やみくもに個人で送るとご迷惑になりますから、新聞で募集して
いる所を見て問い合わせて確認して送付しています。

いつ来るかわからないお客さんより、今、暖を求めている方へです。

私も商品パッケージに入ったままの新品の肌着やタイツなど同梱して
もらいました。

できることは微力ですが。


震災でご家族を失った方も多くいらっしゃることでしょう。

当然いるはずの人が、ある日急にいなくなってしまう喪失感は、
どんなに大きいことでしょう。






私も災害ではありませんが、ある日突然、弟を失いました。
18年前になります。弟、29歳でした。
毎年11月になると、ああ、またこの季節が来たのかと思います。


今年の春、我家に弟から手紙が届きました。
弟は自動車メーカーに勤めていたのですが、職場の企画で
20年後の自分への手紙を書いたようです。
そのとき、どこに住んでいるかわからないので宛先は実家の
住所になっていました。

書いたときは26歳。

現場応援で交代勤務の肉体労働をしているが、とてもつらい。
46歳の私は結婚して子供もいるだろう。
20年経ってこの封書を開けた時、このときのつらさを思い出して
がんばりたい。

と記されていましたが、弟は独身でした。

こんな手紙が今頃、家族に届くなんて残酷なことです。
でも、届かない方がよかったかといえば、私は届いてくれた方が
よかったです。


ここ数年、私は私以外の家族が皆、病気になり、どうやったら
治るのかわからず、苦しくて苦しくてたまりませんでした。
働かないといけないから、ふらふらながら会社には行ってまし
たが、週末は寝込んでいる日も多かったです。

それでも倒れずに済んだのは、弟が守ってくれていたからかな
と思ったりします。

やっと最近、気持ちを前向きに持たなきゃと気づいて、上を向いて
笑顔も作るようになり、家族も最悪の状態から脱してきたとき、
弟が手紙をくれたように思いました。


姉ちゃん、もう大丈夫だよって。


こんなこともありました。
弟が亡くなった翌春、息子は小学生になりました。
七夕の短冊に1年生の息子が書いたのは、

「ばあばがこれいじょうかなしいおもいを
 しませんように」

びっくりしました。
サッカー選手になりたいとか自分の願いを書いて来ると
思ってました。
もう、半年以上経ってましたし、母は孫の前で涙を見せた
ことはなかったし、明るく笑顔で接していましたので。

小さい子供でもわかるんですね。


私も家族を亡くしているからと、被災者の方の気持ちがわかるとか
そんな思いあがったことは言えません。
ご心情を思うと、なんと言葉にしたらよいかもわかりません。


でも、拙い言葉ですが、心をこめて。


会えなくなった大切な人もきっと見守ってくれています。
子供たちにも気持ちは伝わっています。


被災者の方、家族を亡くされた方、つらい思いをされている方が
一歩でも前に進むことができますよう、願っています。


弟の命日によせて。




2005年の命日にも、弟のことを書きました。
26歳のとき、私にも手紙をくれていました。

姉と弟の写真


私と弟の写真です。
私も弟も、かわいい!

姉と弟2


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コメント
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2011-11-28 15:16 from -

★管理人のみ閲覧さま
ご丁寧なコメントありがとうございました。


それから浜松町のひじり亭行かれたのですね。
あの納豆汁も恋しいです。

2011-11-29 07:43 from Kisako | Edit

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